事前解説④:ウクライナ侵攻と核兵器

核兵器禁止条約第1回締約国会議に向けた、事前の解説記事を掲載します。第4回目は、明治大学法学部の小倉康久さんによる「ウクライナ侵攻と核兵器」です。

核兵器使用の威嚇と国際法
 2022年2月24日、ロシアがウクライナへの侵攻を開始しました。これと前後して2月19日には、ロシア大統領府および国防省は、戦略核および非核戦力による「戦略抑止力演習」を実施したことを発表しました。ウクライナへの侵攻開始の直前にはプーチン大統領がテレビ演説を行い、その中で「軍事分野に関しては、現代のロシアは、ソビエトが崩壊し、その国力の大半を失った後の今でも、世界で最大の核保有国の1つだ。そしてさらに、最新鋭兵器においても一定の優位性を有している。この点で、我が国への直接攻撃は、どんな潜在的な侵略者に対しても、壊滅と悲惨な結果をもたらすであろうことに、疑いの余地はない」と述べました。さらに、侵攻開始の直後の27日には、プーチン大統領は、戦略的核抑止部隊に「特別警戒」を命令しました

 これらの行為は、核兵器「使用の威嚇」に該当すると考えられますが、核兵器禁止条約(TPNW)は「いかなる場合にも」核兵器を「使用するとの威嚇を行うこと」を禁止しています(1条1項(d))。ただし、ロシアはTPNWに署名も批准も行っていないため[1]、この条約そのものに拘束されることはありません。しかし、ロシアも締約国である国連憲章は、「武力による威嚇又は武力の行使」を禁止しており(2条4項)、核兵器使用の威嚇は国際法に違反することになります。

核兵器使用と国際法
 TPNWは、核兵器使用を「いかなる場合でも」禁止しています(1条1項(d))。ロシアはTPNWの非締約国ですが、だからといってロシアの核兵器使用に法的制限がないということにはなりません。ロシアが締約国であるその他の条約やすべての国に適用される国際慣習法に拘束されることになります。

 1996年、国際司法裁判所は勧告的意見で、核兵器使用の合法性について「核兵器の…使用は武力紛争に適用される国際法の諸原則、特に国際人道法上の諸原則および諸規則に一般的に違反するであろう。しかし、国際法の現状および裁判所が確認した事実に照らすと、国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況において、核兵器の…使用が合法であるか違法であるかについて裁判所は明確に結論することができない」と判断しました。つまり、TPNWの締約国であるかどうかにかかわらず、核兵器使用は「一般的に」国際法に違反することになります。

 問題は、「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況において」は、司法判断を回避していることです。ただし、国際司法裁判所は、このような状況において、核兵器使用が合法であると判断しているのではないことに留意しなければなりません。

 2月29日、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官はアメリカの公共放送であるPBSの番組にオンラインで出演し「しかし、(ウクライナにおける)作戦のいかなる結果も、当然ながら、核兵器を使用する理由にはなりません。我々の安全保障概念で明確に述べているように、我が国において国家の存在に対する脅威がある場合にのみ、我々は核兵器を使用することができ、我が国の存在に対する脅威を排除するために実際に核兵器を使用するだろう」と述べました。このような発言は、国際司法裁判所の判断を念頭においたものと考えられますが、少なくとも形式的には国際法を遵守しようとする姿勢を示そうとしたものと思われます。問題は、「国家の存在に対する脅威」を判断するのはロシア自身であるということです。

 一方、TPNWは核兵器使用を「いかなる場合でも」禁止しており、「自衛の極端な状況」や「国家の存在に対する脅威」であっても、また、先行する核攻撃に対する反撃としての核兵器使用も禁止されることになります。このような規定は非常に厳しいものといえます。しかし、その他の兵器と異なり、2014年にウィーンで開催された核兵器の人道的影響に関する会議の議長総括が、核兵器が使用された場合の結末について「人類の生存すらも脅威にさらしうる」と結論づけているように、核兵器使用は「いかなる場合でも」禁止されるべきだと考えます。

ウクライナの核放棄
 1991年8月24日、ソ連の崩壊に伴いウクライナが独立を果たしました。1991年初頭、ウクライナ領域には1750発の戦略核弾頭および2605発の戦術核弾頭が配備されていました[2]。ただし、その核兵器は旧ソ連が保有していたものであって、ウクライナが管理していたわけではありません。残された核兵器をどうするかについて、ウクライナ国内では議論がありましたが、最終的にはすべての核兵器を放棄して、非核兵器国としてNPTに加盟することが決定されました。ウクライナは1994年12月5日にNPTに加盟し、1996年6月1日にはウクライナ国内に残るすべての核兵器をロシアに引き渡し、解体・廃棄されました。

 このような経緯から、ウクライナがロシアに侵攻されたのは核兵器を放棄したからであるとの指摘がなされています。このような指摘に対して、国連事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉氏は2月25日に自身のツイッターで「ウクライナが1994年に核兵器を放棄しなければ今日のような状況にはならなかったとの発言が非専門家の間で散見されますが、これは神話です。ウクライナに配備されていた核弾頭は、旧式のもので安全に維持できるものではなく、オペレーショナルなコントロールもウクライナにはありませんでした」と述べています。

 その一方で、このような事態を抑止するために核兵器の取得やニュークリア・シェアリング(核共有)などを真剣に検討する非核兵器国が出現する可能性も指摘されています。このような動きは、安全保障の手段として核抑止を否定するTPNWだけでなく、国際社会が核兵器廃絶の最も重要な枠組みであると考えている核不拡散体制の根幹を揺るがすことになりかねません。国際社会は、核兵器使用の威嚇を伴う武力行使によっては目的を達成することはできないという強いメッセージを送り続ける必要があります。

文責:小倉康久(明治大学法学部)


[1] なお、ウクライナも、TPNWに署名・批准を行っていません。また、ロシアとウクライナは、2017年7月に国連本部で行われたTPNWを採択するための会議に参加していません。

[2] SIPRI, The Soviet Nuclear Weapon Legacy, Oxford University Press, 1995, p. 5.

事前解説④:ウクライナ侵攻と核兵器」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 核兵器の人道上の影響に関するウィーン会議に参加して | 核兵器廃絶日本NGO連絡会

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