討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」

被爆75年となる広島原爆の日の前日である8月5日(水)、核兵器廃絶日本NGO連絡会は、日本の与野党の国会議員を集めて「核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」をテーマに討論会を行います。国連事務次長の中満泉軍縮担当上級代表、日本政府からは尾身朝子外務大臣政務官、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)からはベアトリス・フィン事務局長が参加し、与野党から党首レベルを多く含む国会議員の代表者が参加します。被爆者として田中煕巳日本被団協代表委員が発言し、全体の司会を川崎哲ICAN国際委員がつとめます。(田中、川崎は主催であるNGO連絡会の共同世話人。)概要は以下の通りです。(※メディアの事前登録は7月31日をもって締め切りました。)

討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」

趣旨
広島・長崎への原爆投下から75年となる8月6日・9日を前に、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか、その政策について討論する。
来年へ延期された核不拡散条約(NPT)再検討会議への対応、核兵器禁止条約の署名・批准に向けた条件、核兵器をめぐる東アジアの地域情勢、被爆体験の継承のあり方などを主たる議題とする。

日時
2020年8月5日(水)16:30 – 18:00

配信形式
広島市内の会場からYouTubeでのライブ配信。一般公開、無料。
※会場には一般聴講席はありません。会場での聴講はできません。
※メディアの方で取材ご希望の方はこのご案内の末尾をご覧ください。
討論会の様子はこちらから:


プログラム

第一部 [現状と課題](16:30~16:50 約20分)
発言(1) 中満泉 国連事務次長・軍縮担当上級代表
発言(2) 尾身朝子 外務大臣政務官☆
発言(3) ベアトリス・フィン ICAN事務局長☆ (通訳付)

第二部 [各政党の立場と取り組み/国会議員より](16:50~17:40 約50分)
(発言順)
公明党 代表 山口那津男 参議院議員
自民党 被爆者救済と核兵器廃絶推進議員連盟事務局長 平口洋 衆議院議員
立憲民主党 代表 枝野幸男 衆議院議員
国民民主党 代表 玉木雄一郎 衆議院議員
日本維新の会 国会議員団幹事長代理 足立康史 衆議院議員
日本共産党 委員長 志位和夫 衆議院議員
社民党 党首 福島みずほ 参議院議員
れいわ新選組 舩後靖彦 参議院議員☆
無所属 岡田克也 衆議院議員

第三部 [討論とまとめ](17:40~18:00 約20分)
日本原水爆被害者団体協議会 代表委員 田中煕巳
第一部発言者3名(中満、尾身、フィン)より
第二部発言者より(国会議員各党1人一言ずつまとめ)

司会
川崎哲 核兵器廃絶日本NGO連絡会共同世話人/ICAN国際運営委員/ピースボート共同代表

注: 上記のうち☆印のある参加者は広島の外からオンラインで参加し、それ以外の参加者は広島市内の会場にて参加する予定です。

主催
核兵器廃絶日本NGO連絡会
メール nuclear.abolition.japan (a) gmail.com

※核兵器廃絶日本NGO連絡会は8月5日、「被爆75年にあたり、核兵器廃絶への行動を呼びかけます」と題する声明を発表しました(こちら)。日本の国会議員と政府、世界のすべての国の政府と人々に対して行動を呼びかけています。この共同声明は、本討論会に参加する国会議員らへも配布されます。

備考
この討論会は、2018年1月16日に衆議院第一議員会館にて行われた討論会「核兵器禁止条約と日本の役割」(主催:核兵器廃絶日本NGO連絡会)の議論を引き継ぐものです。この討論会は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)への2017年ノーベル平和賞授賞式の直後に行われ、佐藤正久外務副大臣、ベアトリス・フィンICAN事務局長、そして与野党すべての政党の代表者が参加し、核兵器禁止条約への日本の対応のあり方について議論しました。

メディアの皆さまへ(以下をお読みください)

●記者の皆さまには、会場ではなく、各自の場所にてYouTube視聴による取材をしていただくことを原則とします。カメラ撮影のみ事前登録の上で人数制限のうえ会場への入場を可能とすることとしておりましたが、その事前登録は7月31日(金)をもって締め切りました
●本イベントについてご質問のあるメディアの方は、核兵器廃絶日本NGO連絡会( nuclear.abolition.japan (a) gmail.com )までご連絡ください。

討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: 被爆75年、広島・長崎「原爆の日」とその前後の主要な行事一覧 | 核兵器廃絶日本NGO連絡会

  2. 一般市民です。はじめて投稿致します。
    個人的体験ですが、ここでコメントさせていただきます。
    はじめて命の危機を思ったコロナウィルス。古希も近く、半世紀前が蘇る。高校入学間もない頃、新聞紙上で「日本の原爆開発」という記事が目に入った。連載を読んでいくと、正しく危機の発見であった。唯一の被爆当事国も、原爆の加害者に成り得たとの思いを抱いたからだ。それから、毎日のように夢中で読み続けた。当時、ベトナム戦争が議論されていた頃で、ノンポリの自分はのん気に見過ごしていた。しかし、その戦争場面を見たショックは後々まで影響し、今でも思い出す。その後、徐々に感心は強くなり、紛争はもとより、科学への純粋な傾倒は疑念へと変わって行った。今日、何気なく過ごす中、人々は知らず知らずの内に、戦争への加担者と成っているかも知れないと思った。科学の研究費が政府の政策の中、科学者は加担者にさせられかねない今日、一般国民も同様の責任を負わされる事態もあり得ると、危機を感じた。平和を望む人々はすべて、その自覚をすべきと思うのです。

  3. ピンバック: 原発とめよう!九電本店前ひろば第3395日目報告【転載】 | 原発とめよう! NO NUKES

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