【ノーベルウィーク2017②】ノーベル平和賞授賞式

ノーベル平和賞の授賞式が10日午後1時(オスロ現地時間)からオスロ市庁舎で行われました。市庁舎の授賞式には、核兵器廃絶日本NGO連絡会からICANの国際運営委員を務める川崎哲さん(ピースボート共同代表)、被爆者の田中煕巳さん(日本被団協代表委員)、同じく藤森俊希さん(同事務局次長)が参加。ノーベル平和センター(Nobel Peace Center)での同時中継には、同連絡会から3名が参加しました。

入場まで、40分ほど外で待ったでしょうか。到着以来、暖かい日が続いていたのですが(それでも5度くらいです)、今日は一転してマイナス7度。冬晴れで透き通るような青空だったのですが、帽子とマフラーと手袋なしでは多分、耐えられないほどの空気の冷たさでした。

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しかし会場内に入ると一転、すごい熱気に包まれました。ピースボートのツアーで参加された日本からの被爆者のみなさんや核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の関係者のために、130名ほどの席が設けられていました。

ファンファーレが鳴り、受賞者のベアトリス・フィン核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)事務局長ならびに、サーロ・節子さんが入場。そして授賞式は、ノルウェーノーベル委員会のベリト・レイス=アンデルセン委員長のスピーチから始まりました。同委員長はまず、2017年のノーベル平和賞を受賞したICANを最大に祝福したいと述べ、概要、以下のようにスピーチしました。

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◯ICANが本年のノーベル平和賞を受賞するのは、核兵器のいかなる使用によりもたらされる壊滅的な人道上の結末への関心を高める取り組みと、そのような兵器を条約によって禁止することを実現するための画期的な努力によるものです。

◯ICANは、既成の秩序に対する抗議として起こりました。核兵器の問題は、単に政府によって扱われるべきだけの問題でも、専門家や高位の政治家だけにより扱われるべき問題でもありません。

◯核兵器はすべての人々に関わり、誰もが意見を表明する権利を与えられているのです。ICANは、核兵器に反対する運動において、新しいやり方で市井の人々を巻き込むことに成功しました。組織の略称が、I CAN(私にも出来る)というのも、おそらく偶然ではないでしょう。

◯ICANは、1985年にノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の発意に基づき、2007年に発足した新しい組織です。ICANは、100ヶ国の468の非政府組織(NGO)からなる緩やかな連合体です。

◯多くの異なるグループを共通の目的のために団結させ、核兵器は安全保障を提供するのではなく、むしろ安全を損なうものであると信じる何百万もの人々に声を与えることができたことは、実に印象的です。

◯大量破壊兵器、とりわけ核兵器が作り出すのは、安全が保障されるという偽りの感覚以外の何ものでもありません。核兵器が、人類家族間の平和的共生の基礎をなすはずがありません。それはむしろ連帯の倫理によって呼び起こされるに違いありません。フランシスコ教皇はこのように述べています。

◯ノーベル平和委員会はこうした見方を共有するものです。他の誰よりもICANは、核兵器のない世界を実現するための努力に、新たな方向性と力を与えて来たのです。

レイス=アンデルセン委員長のスピーチは、核兵器はいかなる兵器であり、核軍縮が国際的に約束されているにもかかわらずそれが果たされていない現状を指摘し、その問題への具体的な取り組みとして核兵器禁止条約が採択され、それを推し進めて来たのは、草の根の市民とそれに連帯する国々であったと、静かにしかし力強く、そして説得力をもって語りました。

全文の英語は、こちらでご覧いただけます。
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/2017/presentation-speech.html

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そしてノーベル平和賞の受賞者となる、ICANのベアトリス・フィン事務局長と被爆者のサーロー・節子さんによるスピーチとなりました。

フィン事務局長は、ノルウェー・ノーベル委員会、この運動に惜しみなく時間とエネルギーを費やしてきてくださった人々、共通の目標に向けて前進するために連携して取り組んでこられた勇気ある政策形成者や専門家、この恐ろしい脅威を世界から取り除くことを誓っているすべての人々に感謝を捧げ、概要、以下のように述べました。

◯未だ世界中の数十カ所に、人類を破壊する1万5000個もの核兵器が置かれています。この事実があまりに非道であり、それがもたらす結末が想像を超えるほどの規模のものであるがゆえに、多くの人々はこの残酷な現実をただ受け入れてしまっているようです。私たち全員を取り巻くこの異常な道具について考えることなく、日々の暮らしをおくるためにです。

◯このような兵器に私たちが支配されることを許していることこそ、異常です。私たちの運動を批判する人たちは、私たちは非理性的で、現実に基づかない理想主義者であると言います。核武装国は決して彼らの兵器を手放さないと。

◯核兵器禁止条約は、この世界的な危機の時にあって、未来への道筋を示しています。それは、暗い時代における一筋の光です。そしてさらに、それは私たちに選択を与えています。二つの終わりのどちらをとるかという選択です。核兵器の終わりか、それとも、私たちの終わりか。

◯前者の選択を信じることは、愚かなことではありません。核を持つ国が武装解除できると考えることは、非理性的なことではありません。恐怖や破壊よりも生命を信じることは、理想主義的なことではありません。それは、必要なことに他なりません。

◯私たち全員が、この選択を迫られています。そして私は、すべての国に、核兵器禁止条約に参加することを求めます。すべての国に呼びかけます。私たちの終わりではなく、核兵器の終わりを選びなさい。この選択こそ、核兵器禁止条約が投げかけているものです。

◯私たち市民は、偽りの傘の下に生きています。核兵器は私たちを安全になどしていません。核兵器は私たちの土地や水を汚染し、私たちの体に毒を与え、私たちの生きる権利を人質に取っているのです。

◯世界のすべての市民に呼びかけます。私たちと共に、あなたの政府に対して、人類の側に立ち核兵器禁止条約に署名するよう要求してください。私たちは、すべての国の政府が理性の側に立ちこの条約に参加するまで活動し続けます。

フィン事務局長のスピーチが終わると、同時中継会場は総立ちの拍手となりました。

全文の英語は、こちらでご覧いただけます。
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/2017/ican-lecture_en.html

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続いてサーローさんは、私は、広島と長崎の原爆投下から奇跡的に生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきましたと述べ、概要、以下のようにスピーチしました。

◯私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々、長く忘れられてきた、モルロア、エッケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と連帯しています。

◯私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちの生存の物語を語り始めました。人類と核兵器は共存できない、と。

◯今日私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げたすべての人々の存在を感じていただきたいと思います。皆さんに、私たちの上にそして私たちの周りに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。

◯米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私は今でも鮮明にその朝のことを覚えています。8時15分、私は窓から目をくらます青白い閃光を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。

◯静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の中で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」とかすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。

◯幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、火傷を負い、黒こげになり、膨れあがっていました。体の一部を失った人たち。肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。飛び出た眼球を手に持っている人たち。お腹が裂けて開いている人たち。そこから腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延していました。

◯このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私自身のの家族や、351人の同級生もいました。

◯その後数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています

◯責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。

◯「抑止」論なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。

◯核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そうすれば、必ずや、あなたたちは行動することになることを知るでしょう。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムの不可欠の一部分なのです。私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。

◯世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願したい。核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。

◯今夜私たちがオスロの街をたいまつを灯して行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、押し続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。

核兵器が使用されということは、どのようなことなのか。それを体験し、生き延びつつも、大切なもの全てを失ってしまう。その中から立ち上がり、被害者に甘んじることなく、自らの生存の物語を語り続けてきたサーローさん。人類と核兵器は共存できないとの彼女のメッセージは、私自身の魂を揺さぶらずにはおきませんでした。

全文の英語は、こちらでご覧いただけます(フィン事務局長のスピーチの下方に掲載)。
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/peace/laureates/2017/ican-lecture_en.html

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個人的な感想を付言すると、このような歴史的な場面に立ち会わせていただき、尽きせぬ感謝の気持ちで一杯になりました。同時に、私たちの運動は核兵器の「禁止」にとどまるものではなく、その「廃絶」のための運動であり、そのための出発と決意を再確認する日となりました。

文責:河合公明(創価学会平和委員会事務局長)

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